息子との会話で犯した私のミス

幼稚園生活はいたって順調と思えていた息子から突然の告白を受けた私でしたが、

「じっくり話を聞く」姿勢の中で犯してしまったミスを自戒を込めて綴ります。

目次

出だしでやらかした私

前回の記事では、

息子の話をしっかり聞く

→気持ちを受け止める

→息子思いきり悩みを吐き出せた

→スッキリした様子だった。

の一連の流れを簡単に綴りましたが、実は初動早々に私はやらかしてました。

息子の心を濁ませた私の一言

息子が「〇〇のことが嫌いだ」と突然告白し始めたため、支離滅裂な部分もあるのでこちらも想像力を膨らませながら話を聞いていました。

〇〇君のこういうところが嫌いだとか、こんなことされて嫌な気持ちになったとか伝えてくれたのですが、うちの息子は繊細かつ優等生気質なところがあって、 先生からも自分のことを悪く言っていると勘違いしてしまうことや指摘されることを嫌がる様子が時々あると伺っていました。

例えばですね、「息子君、ゴミ(が落ちてるよ)」と友達に言われた時、「俺はゴミじゃない!」と怒るとか。

息子の言い間違いを指摘されて不機嫌になるとか。

今回の〇〇君とのエピソードの中にも、間違いを笑いながら指摘されたと言っていました。

その時にですね、ふと『息子の勘違いなだけで実は〇〇君には悪気はなかったんじゃないか』と思ってしまったんです。

だから話を聞き終わった後に言ってしまったんです。

「そうか。嫌な思いをしたんだね。でも、〇〇君は悪気があったわけじゃないかもしれないよ?」と。

この一言がいらんかった!

息子は一瞬眉を歪ませ、苦い顔をしました。

その表情を見て思いました。

「間違ってもうたー!!!」

提案や訂正はいらない。ただ受け止めればいい。

息子の表情で私の一言が間違いであったことが一瞬で分かりました。それと同時に、コーチングであれほど勉強した「認める」スキルを全然活かせてないじゃん!と思いました。

私も悩み相談をしていて「いやいやアドバイスとかいらないんだけど」って思った経験が多々あります。

状況とか関係性とか私の心模様とかも分からずにいかにも正論みたいな指摘をぶっこんでくるなよ。

私はただ私の気持ちを聞いてほしかっただけなんですけどー。みたいな。

息子が求めていたのは、「嫌な気持ちになった」というその感情そのものを受け止めて欲しかったのだと思いました。

指摘とかアドバイスとか訂正でもなく、「嫌な気持ちだったんだね。そうだったんだね」とぎゅっと思いをハグしてもらうことを求めていたような気がします。

そこから慌てて大幅な方向転換をし、乗り切った次第であります。

「なんで分かってくれないの?」と思わせるリスク

親は大人ですから、子供より多角的に広角的に物事が見えている部分があります。

だから冷静に「こうなんじゃないかな?」と言えてしまう、言いたくなることがあります(少なくとも私には)

でもその言葉を「なるほど。そういう視点もあるのね」と思える場合と「なんで私の事分かってくれないの?」と思ってしまう場合があると思うのです。

特に子供の世界は濃くて狭い。経験から得られた視点の持ち札も少ない。

ゆえに後者の 「なんで私の事分かってくれないの?」 と捉えられてしまうリスクが高い気がしています。

気持ちを受け止めてあげることの大切さ

幼少期の親子関係においてとても大事だと個人的に思っていることがあって、

  • 自分は愛されている存在だと感じてもらうこと
  • 家族は安全基地であるということ

を何気ない生活の中でいかに伝えられるか、感じてもらえるかを意識しています。

その意味で、私の不必要な一言は「あなたの勘違いなんじゃないの?」という否定的な印象を与え、自分の気持ちを受け止めてもらえない → 心休まる安全基地の基盤を揺らがせる行為だったような気がします。

ちょっと大袈裟かもしれないけど、生活って毎日の繰り返しだから、こういう何気ない一言の積み重ねで育った子供は親の愛への不信感を持ちかねないと思うのです。

だからこそ、自分でもちょっと良くない表現の芽を摘んでいくようにしなきゃなと思うのです。

だって、子供の事が大好きでたまらないんだもの。

幸せに育ってもらいたいのです。

同調と共感は違う

補足説明になるのですが、今回は息子の「嫌な気持ちだった」という思いに「嫌な気持ちがしたんだね」と寄り添い共感(共に感じる)しましたが、ここで注意したいのが「嫌な気持ちがするねーわかるわー腹立つねー」と嫌な気持ちに賛同するとこれは同調になります。同調と共感は似て非なるもの。もっと簡単に言うと本人が「殴ってやりたい!」といって「殴っちゃいな!」となるのは同調だけど、「殴りたいと思ったんだね」は共感です。

話題によっては子供の言うことに同調するのも大いにアリだと思います。でもテーマによってはちょっと違うかなと思う場合もあるかもしれません。そんな時はその気持ちをまずは受け止める。共感する、から会話を始めていこうと思っています。

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この記事を書いた人

自分らしく生きることにした37歳二児の母。
家事育児に飲み込まれるばかりでなく、自分の人生を作り上げる過程を記録していくブログ。

#もがママ

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