子育てのストレスで、子供を可愛いと思えない。

こんにちは、もがきママです。

来月から幼稚園入園の3歳長男と可愛い盛りの1歳半の娘の成長が著しく、嬉しい反面しんどい思いをしている今日この頃です。特に、1歳半の娘はイヤイヤ期に突入したようで今、一番手をやいています。

自我が目覚め始めた娘

女の子だから早熟なのか、それともお兄ちゃんの影響なのか。1歳半の娘は今なんでも自分でやりたいようです。そしてお兄ちゃんのように自分も出来ると信じて疑わないようで、少しでも手助けをすると激しく抵抗してきます。

ハイチェアは座りたくない。お兄ちゃんと同じように座りたい。

エプロンもしたくない。フォークとスプーンは自分で持ちたい。

コップもストローなしで飲みたい。しかも片手で持ちたい。

ちゃんと座る!エプロンする!コップは両手で持つ!と親が口酸っぱく言うほど、娘の抵抗はエスカレートし、手に負えなくなる。そのため、こちらが根負けし、娘の一挙一動を見守り、何かあればすぐフォローに向かう、緊張状態の食事風景がそこにはあります。

食事はストレスでしかない

でも、意欲は素晴らしい。そのやる気を伸ばしてあげたい。でも汚れるのは勘弁してほしい…。心の中で葛藤は続きます。でもやはりそこは1歳半の子供。まだまだうまく出来ない。食べ散らかすし、顔も手もベトベト。フォークやスプーンに入った具材をブンブンと振り回し、壁や床に投げ飛ばす。コップ飲みに飽きたのか、おもむろにコップのお茶を机にぶちまけ、ピチャピチャと遊びだす。少し目を離した隙に、テーブルは見るも無残な姿に変貌していた。

後追いもひどい

今までご機嫌よくテレビを見ていたと思ったら、ママが側にいないと気づいて不安になったのだろうか?大声でギャン泣きしながら、私を探す娘。いやいや、歩いて4歩のところにママいるからね。ほら、見えるでしょ?側にいるから落ち着いて。しかし、興奮状態の娘は聞く耳もたず。抱っこ!抱っこ!と足にまとわりついてくる。そして、どこまでもついてくる。今、火使って料理してるのよ、だからちょっと待ってね。となだめるも、要求が通るまで泣きわめく。

耳をつんざく泣き声を浴びせられ続けると頭が狂いそうになる。我慢我慢で感情を押し殺し、無を装い、料理を続ける。しかし、我慢も限界。抑えていた感情が暴走する。

「うるさい!うるさい!分かったよ!!」

今が1番可愛いはずの娘

ペンギンのようにヨチヨチ歩く姿は見るだけで癒される。感情表現も豊かになり、簡単な言葉でのコミュニケーションも取れるようになってきた。

愛らしい表情、声、小さい体、無防備な寝顔。どれをとっても可愛い。可愛い。今が一番可愛いはずなんだけど、今の私にはその可愛さが霞んで見える。

先輩ママさん達は過去の育児を振り返り、こんな風におっしゃっています。

北野トマレ(id:kitano-stop)さん

子どもが二人とも小学生に上がって、ずいぶん楽になったように思います。
今となるとまだ小さいかわいい子ども達たちにまとわりつかれていたあの頃が懐かしいとさえ思えるのですが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこのことですね。

【育児の最大ストレスは、自分のやりたいことを中断させられる事だと思う。】のコメント欄より

ちゃるめんさん(id:charumen)さん

www.charumen.com

子供が成長したら念願の一人時間がやってくる。自分の思い通りに時を過ごし、どんどんお世話という部分の負荷が減っていく。楽になる。今一番欲しいものが手に入るのだ。でも、その時に過去を振り返ると、なりふり構わず育児に奮闘し、ヘロヘロになっていた時期を懐かしいと思い、ギャン泣きイヤイヤの子供の振る舞いだって「あの頃が一番可愛かったな」と感じるのでしょう。

だからこそ、今、可愛いと感じたい

先輩ママのお言葉はまさにその通りなのだと思う。私も過去を振り返り、同じように感じるのだと思う。 神経をすり減らし、ストレスと自己崩壊の淵を歩いている日々が永遠に続いてしまうような気さえするけども、長い人生でみてみれば、この時期は瞬きするかの如く一瞬で過ぎ去ってしまう日々だと言うことも分かっている。

だからこそ、今、辛くてしんどくて壊れそうだけど、この先の自分が「あの頃が一番可愛かったのに、その可愛さを感じきれなかった…」と後悔しないように、【今】の子供を心の底から可愛いと感じたいのだ。

なのに、それが出来ない。

育児のストレス、余裕のなさで可愛さが曇る。

離れたい。1人になりたい。

だからもう替えのパジャマはないってば。何度も何度もびしょ濡れにして。

お願いだから、もう勘弁してよ。

娘から離れたい

こんな風に思われ、振舞われることで娘の心の成長にどう影響するのだろう?母の愛情が足らずに心に影ができてしまうのかな。今だって寝ぼけながらも胸を弄り、無意識の世界でも母を求めている。やっぱり寂しいのかな。愛情が足りてないのかな。

今私に必要なのは、1人になる時間?それとも娘と2人だけで過ごす時間?

答えは分からない。ただ、ブログで吐露することが出来るのが救いだ。

寝息をたてる娘をギュッと抱き寄せる。

耳元で「大好きだよ、ごめんね」とつぶやく。

寝ている時に言ったって意味ないか。

手の中の砂がどんどん落ちていく。

留めておきたいのに、手のひらの感触をずっと感じていたいのに、それが出来ないもどかしさ。気付いたときには、手に中にあった砂は全部こぼれているのだろう。

娘の振る舞いは成長の過程。

娘は母を求めているだけ。

娘は悪くない。問題は私だ。

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